大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2734号 判決

理由

控訴人より被控訴人らに対する債務名義として、「控訴人が、昭和四一年六月一〇日、訴外高友建設株式会社(以下単に訴外会社という。)に対し、金六八万二、四六八円を貸渡し、被控訴人が、訴外高田稔とともに、訴外会社の控訴人に対する右消費貸借上の債務につき連帯保証をなし、かつ、債務を履行しないときは、強制執行を受くべきことを承諾した」旨の記載がある東京法務局所属公証人早野儀三郎作成昭和四一年第一、五三三号金銭消費貸借契約公正証書(以下単に本件公正証書という。)が存在することは当事者に争いがない。(当事者双方の主張中には右執行受諾約款の点が明確に表現されていないけれども、本訴は、右執行受諾約款の存在を当然の前提としているものと解される。)

ところで、被控訴人は、前記公証人に対し本件公正証書の作成を嘱託したことはなく、また何人に対しても右作成嘱託の権限を授与したこともないから、本件公正証書の被控訴人に関する部分は無効であると主張する。右に対し、控訴人は、まず、「本件公正証書については、訴外高田稔において被控訴人からその作成嘱託の代理権を授与されていたもので、しかも右代理権は代理人の選任を他に依頼する権限をも包含するものであつたから、控訴人は右高田に求められるままに被控訴人の代理人として水上義孝を選任のうえ、被控訴人を連帯保証人の一人として本件公正証書を作成したものである。」と主張するので按ずるに、次に述べるとおり被控訴人が高田稔に対し本件公正証書作成嘱託の代理権を授与した事実を認めるに足る証拠はないからその余の点につき判断するまでもなく、控訴人の右主張は採用するに由ない。すなわち、原審証人水上義孝は、「控訴人において訴外会社に対し、本件貸付をなすに先立ち、被控訴人に対して電話で保証人となるかどうかを確かめたところ、同人は『保証人となることを承諾する、印鑑証明書を交付する。』旨答えた。」と供述しているが、右供述は原審における被控訴人本人尋問の結果と対比するとき、到底措信し得ない。また、控訴人は、右主張を裏付ける証拠として、高田稔を介して被控訴人の押印を得たという(公正証書作成等を承諾する旨記載のある)承諾書(乙第二号証)および(公正証書作成嘱託の)委任状(同第三号証)と、同じく高田稔を介して被控訴人から交付を受けたという同人の印鑑証明書(同第四号証)を提出しているところ、なるほど右乙第二号証の被控訴人名下の印影が同人の印章により顕出されたものであることおよび同第四号証の成立はいずれも当事者間に争いがなく《証拠》によれば、同第三号証の被控訴人名下の印影も同人の印章によつて顕出されたものであることが認められるけれども、《証拠》を総合すれば、「被控訴人は、高田稔が訴外会社(旧商号高友産業株式会社)を設立するに際してその相談にあずかり、その設立発起人および設立当初の取締役の一員として名を連らね、自己の勤務先である株式会社大林組の資材の運搬を斡旋する等して訴外会社のために営業の便益をはかり、また訴外会社の代表者である高田稔から依頼されて、訴外会社がその営業用自動車を被控訴人名義で購入することを許諾し、時折、右自動車の購入やその登録手続に使用するため、自己の印章を右高田に貸与していたというような緊密な間柄にあつたけれども、被控訴人は、訴外会社と控訴人との間の本件貸借に関しては訴外会社の連帯保証人となることを承諾したことはなく、いわんやその旨の公正証書作成嘱託の代理権を右高田に授与したことはないこと。被控訴人は、昭和四〇年五、六月頃、自動車の廃車手続に必要であるからとの高田の言を信じ、右手続にのみ使用させる趣旨で自己の印章を同人に貸与したことがあることからして、前記乙第二、三号証中の被控訴人名下の印影は右高田において被控訴人に無断で右印章を押捺して顕出し、また同第四号証も高田が右印章を利用して被控訴人に無断で下付を受けて控訴人に交付したものではないかと推測されること。」

以上の事実が認められるから、前記承諾書および委任状が被控訴人の意思に基いて作成されたものとすることはできず、また前記印鑑証明書が本件公正証書作成嘱託のために被控訴人の意思に基いて控訴人に交付されたものと認めることもできない。他に高田稔が被控訴人から公正証書作成嘱託に関する権限を授与された事実を認めるに足る証拠はない。

次に控訴人は、「仮に、高田稔が、被控訴人から訴外会社のために連帯保証するについての代理権を授与されていなかつたとしても、被控訴人は右高田に印章を預けてなんらかの代理権を与えていたものであるところ、控訴人には高田に連帯保証する権限ありと信ずるにつき正当の事由が存するから、被控訴人としては、高田がその有する代理権の範囲を踰越してなした法律行為の効果が自己に帰属することを否定できないものである。」と主張する。しかし、本件公正証書の執行力の基本たる執行受諾の意思表示は公証人に対してなされる訴訟行為であることからすれば、その効力は該公正証書に表示された私法上の契約の効力と区別して考えらるべきものであつて、後者につき民法第一一〇条の適用の結果、右私法上の契約の効果が本人たる被控訴人に及ぶ場合であつても、前者については同法条の適用または準用はないものと解すべきであるから、公正証書作成嘱託の代理権のない無権代理人の嘱託に基いて作成された本件公正証書は、債務名義たる効力を否定せざるを得ず、したがつて連帯保証契約の効力につき判断を加えるまでもなく、無権代理を前提とする以上、控訴人の右主張もまた採用する余地のないことが明らかである。

とすれば、いずれにしても、本件公正証書は被控訴人に対する関係では、債務名義たるの効力を欠き、これに基く強制執行は許されないから、その執行力の排除を求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例